捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「はい。宇川です」
『もしもし。今、なにしてた?』
耳孔に響く声は、やっぱり色気のある魅惑的なものだった。
ほんのひと声で、私の身体は反応を示し、頬は熱くなり胸の奥がきゅうっと鳴る。
私は胸に手を当て、すうっと息を吸った。
「特になにも。近所を散歩していました」
少し素っ気なく答えたのは、自分の迷いをはっきり断ち切るため。
そもそも電話を受けたのも、これで彼との繋がりを絶とうと思ったからだ。しかし、意に反して心が苦しい。
私は自分の靴を見ながら、佐渡谷さんの返答を静かに待つ。
『そうなんだ。だったら、このあとは予定ない? よかったらこれから会えないかな。また食事でも』
私の突き放し方が伝わりづらかったのか、彼はなにもなかったように誘ってきた。
『食事でも』という言葉に、複雑な心境を抱く。
また声をかけてくれた喜びと、でもそれは、あくまで彼が仕事に必要だからだと戒める気持ちとで葛藤する。
私はきゅっと唇を引き結び、数秒間を取ったあと明るく言い放った。
「すみません。私、今日は普段着で出ちゃってますし。それに、今すごくラーメンを食べたい気分で! 食事は別の方と楽しんできてください」
佐渡谷さんほどの男性なら、私が断ったって代わりに声をかける相手はいくらでもいると思う。
裏を返せば、一度でも断れば、もうわざわざ私なんか気にかける必要はない。
ひとときでも素敵な時間を過ごせた。それで十分だ。
自分の中で懸命に区切りをつけた、刹那。
『ほかの相手なんて考えられないよ。俺はきみを誘いたいんだから』
信じがたいセリフになにも返せずにいると、彼はさらに続ける。
『今、自宅付近なんだよな?』
「え? は……はい。そうです」
『俺は新宿付近にいるから、ニ十分……いや、十五分待ってくれないか。すぐにそこに行くから。近くに着いたらまた連絡する』
「えっ、ちょっ……」
佐渡谷さんは一方的に告げると通話を切った。
私はなにが起きたのかわからず、しばらく茫然と立ち尽くす。
目の前にあるラーメン屋に入ることさえできず、スマホを握り締めていた。