契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「…でもなんで今まで言わなかったんだ?」

 健太郎が首を傾げて孝也に尋ねた。

「べつに言えばよかったじゃないか。言えばいくら鈍感な姉ちゃんでもお前を意識するようになっただろうに」

 学生時代は剣道をしていて何事にも正々堂々と勝負するタイプの健太郎らしい意見だと孝也は思う。だがそれがどれほどリスキーなことか。
 孝也だって、いっそ打ち明けてしまおうかと思ったことは数えきれないくらいあった。
 大好きだ、ずっとそばにいてほしいと飾りの付いていない小さな耳に囁いて、つやつやした黒い髪に顔を埋めてあの花のような香りを胸いっぱいに感じたい。
 でももし拒まれたら?
 晴香が孝也をそのような存在としてみていないのは誰の目からも明らかだった。その孝也が突然胸の内を告白したりしたら、少し臆病なところがある彼女を怖がらせてしまっただろう。
 弟のような存在である孝也をすぐには恋愛対象としてみられないであろう彼女は、同時にその"弟"を傷つけてしまうことに、心を痛めたに違いない。
 そしてその後に待ち受ける状況が孝也にとっては恐怖だった。
 真面目な彼女のことだ。きっと今まで通りというわけにもいかず、姉弟としてのふたりの関係も終わりを迎える。
 なによりもそれが怖くて、孝也は晴香への想いを打ち明けられないでいた。

「正攻法でいって、晴香が俺をそんなふうにみられるとは思えなかった。断られて気まずくなるのが嫌だったんだ」

 孝也は短的に素直な考えを口にする。
 健太郎が、

「それもそうか」

と相槌をうった。
 そしてネギマにかぶりついてから顔を上げて再び首を傾げた。
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