契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「晴香、大丈夫?」

 孝也がベッドに腰掛けて、動けないままの晴香を呼ぶ。
 優しい声。
 きっと彼は、今まで付き合った女性たちにもこんな風に優しくしていたのだろう。
 けれど本当は誰一人愛してはいなかった。

「晴香?」

 もう一度呼ばれて、晴香はこくんと喉を鳴らす。そして恐る恐る振り返る。
 バスローブ姿の孝也がベッドに腰掛けて、優しい眼差しで晴香を見ていた。

「大丈夫、やっぱりちょっとは緊張してるけど」

 少し無理やりに微笑むと、孝也が一瞬眉を寄せた。そして晴香から目を逸らして、しばしの間逡巡している。
 もしかしたら、と晴香は思う。
 さすがの彼もこの行為には、迷いがあるのではないだろうか。
 男性は愛していない人とでもできるのだろうと晴香は勝手に想像したが、本当は愛する人としかしたくないと思っていても、全然不思議ではないのだ。
 そういえば彼は昼間はプールではしゃいでいたが、日が沈むにつれてどことなく考え込むようなそぶりがあった。満天の星空を望んでの夕食では黙り込んで、物言いたげな視線で晴香を見ていたような。
 今夜。
 愛していない晴香をまるで愛しているかのように演じながら抱くことに、躊躇しているのではないだろうか。
 しばらくして彼は小さく息を吐いて目を閉じる。そしてゆっくりと立ち上がり、晴香を見た。
 その瞳の奥に何かを決意したような色を見つけて、晴香は小さく息を呑む。胸の鼓動が嫌な音で鳴り始めた。
 これから彼は何か重要なことを晴香に告げようとしている。身体を重ねて、本当の夫婦になる前に言わなくてはいけない何かを。
 今から愛し合うけれど、本当に愛してるわけではないと、あらかじめ釘を刺す?
 自分には長年想い続けた人がいて、でも晴香を妻としては大切にするからと、本当のことを言う?
 それとも"愛している"と偽りの愛を囁くのだろうか。
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