契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「ただいま」

 シャツの襟元をくつろげながら、孝也がリビングへ入ってくる。晴香も視線を彼に移して、

「おかえりなさい」

と答えた。

「焼きそば? いい匂い」

「うん。急だったから簡単なもので申し訳ないけど」

 今夜は早く帰れそうだという孝也からのメールに晴香が気がついたのは定時を過ぎた後。今日はひとりだと思っていたから簡単なもので済まそうと思っていたのだ。
 晴香の言葉に孝也は微笑んで首を横に振った。

「俺、晴香の焼きそば好きだよ」

 そう言って孝也はフライパンをひょいと覗き込む。そして迷うように瞬きを二、三回。だが何も言わずに、「着替えてくる」とだけ言い残して寝室のドアの向こうへ消えていった。
 晴香の胸がギュッと痛む。
 表面上はいつものふたり。なにも変わらないように見えても、実はそうではないことは明らかだった。
 初めての旅行から二週間が過ぎた。
 あの夜、泣きじゃくる晴香を孝也は一晩中抱いていてくれた。互いの心の間にある深い深い溝に怯えるように、ふたりはせめて身体だけはと身を寄せ合って、眠りについた。
< 159 / 206 >

この作品をシェア

pagetop