契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「ほんっとに、ありえないよ、信じられない」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、夜の街を晴香は進む。

「ほら晴香、ちゃんと前を見ないと危ないよ」

 隣で孝也が苦笑した。
 ビルの間から見える都会の夜空に明るい月が輝いている。まだ人通りのある大通りを晴香は孝也と手を繋いで家までの道のりを歩いていた。
 頬をくすぐる少し冷たい風が火照った肌に心地いい。もうすっかり秋だった。
 
「そんなに怒らないで」

 孝也の言葉に、晴香は足を止めて背の高い彼を見上げた。

「怒ってないけど、でも本当にびっくりした。知らなかったことが多すぎて」

 自分はいったい彼のなにを見ていたんだろうと思うほど意外な話の連続で、晴香の頭の中は完全にショートしてしまっている。独り言でも言っていないとどうにかなってしまいそうだ。
 孝也がそんな晴香に目を細めた。

「それは申し訳なかったけど。でも俺が晴香のことをずっと好きだったって知った時点であれこれ気がついてもよさそうなもんだとも思うよ。…でもまぁ、晴香だから仕方ないか」

 馬鹿にしたような孝也の言葉に晴香は頬を膨らませた。

「仕方がないとはなによ。そんなこと…」

「言われないとわからない?」

 眉を上げてからかうようにそう言って、孝也はまた歩き出す。はははと笑いながら。
 晴香も後に従った。
 ちょっとしゃくだなという気持ちはあるものの、こんな風になんでも言い合える時間が愛おしい。
 彼に聞きたいこと、言いたいことを何もかも飲み込んで苦しかった日々が嘘のようだ。
 いい結婚をしたねと言ってくれた田所の言葉が頭に浮かんだ。
 一方で、だからといって全部許せるわけじゃないとも思い口を開いた。
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