契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 孝也が前を向いたまま、眉を上げた。

「じゃあ、行くの?」

「い、行くよ。私だっていい歳なんだから、結婚だってしたいもの。そろそろ本気の相手を探さなきゃ」

 昼間に、梨乃に言われたことをそのまま口に出してみる。
 本当はそんなつもりは全然なかったけれど。
 もちろん結婚をしたいというのは本当だ。
 最近は店舗に来る幸せそうな家族を見るたびに、羨ましい気持ちでいっぱいになる。
 たくさんあるマイホームの形だけ家族の幸せがあるのだと思うと、なぜ自分にはそれが掴めないのだと胸が締め付けられるような気持ちになった。
 それならば梨乃の言う通り、自分から動かなくてはいけないのだろう。
 でもどうしても三年前のあの恋が、呪いのように晴香を縛りつけて、どうしても前に進めないのだ。
 孝也が、面白くなさそうに、

「ふうん」

と言った。

「晴香、結婚したいんだ」

 孝也の言葉に、馬鹿にされたような気持ちになって、晴香は少しムキになった。

「そ、そうよ。悪い?」

 そしてすぐに、なんだか惨めな気分になった。
 一年前に健太郎が結婚した時、親戚のおじさん連中には散々からかわれたものだ。
 弟に先をこされたな?と。
 だからといって悔しいなどとは思わなかったけれど、やっぱり少しは傷ついた。
 目の前の孝也だって、おそらくはすでに婚約をしているはずで、だとしたら自分はまた、"弟"に先をこされることになるのだろう。
 そんなことを思って強く言い返した晴香を、孝也は驚いたようにチラリと見た。そして、少し不可解なことを言った。

「べつに、悪くはないよ。…むしろ好都合」

「…え?」

 けれど晴香が聞き返した時、車が静かに停車した。いつのまにか目的地に着いたようだ。
 孝也がエンジンを切って晴香を見た。

「ほら、着いたよ」
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