契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 またもや声をあげる晴香をチラリと見て、孝也がセキュリティを解除すると、音もなく自動ドアが開く。

「こんなところダメだよ、孝也。絶対に無理!」

 自分達以外は誰もいないのに、思わず声を潜めて晴香は孝也のシャツの袖を引いた。それでも孝也は止まらずに、エレベーターの前まで行くと躊躇なくボタンを押す。
 晴香はこの時になって、部屋探しを孝也に頼んだのは間違いだったと思った。それどころか、彼がカリスマと言われるほど優秀な営業マンだったというのも嘘なのではないかと疑った。
 だって客の収入に見合った物件を紹介するのは、基本中の基本だろう。
 そんなことを考えているうちに、エレベーターが来く。それに乗り込んでから、孝也はよくやく口を開いた。

「ここ、便利だよ。中央駅と地下鉄から徒歩圏だし、駅ビルにだって近いんだ」

 そう言って携帯を出して、地図アプリを起動させる孝也に、晴香は声をあげた。

「知ってるよ! でもこんなに高級なマンション、私の給料じゃ無理! 絶対に無理!」

 孝也がアプリを閉じて笑った。

「それは…会社に対する苦情だね?」

 わざと副社長の顔になって、冗談を言う孝也に、晴香は首をぶんぶんと振る。

「そ、そうじゃなくて…」

「まぁ、とにかく見てみてよ。何事も最後まで見てから決めないとね」

 孝也がそう言った時、エレベーターがゆっくりと停止した。
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