契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「うちは、あっちの方だよね。あれ? お城がこっちだから、こっちかな? あ! あのビル! そういえばライトアップが始まったってテレビで言ってた。綺麗…。ねぇ、もしかしてここからだと、夏祭りの花火も観られるんじゃない?」

 少しはしゃいで振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに、孝也がいた。
 七瀬に言わせると、『あの目に見つめられたら、なんでも許してしまいそう』だという綺麗な瞳で、優しげに晴香を見下ろしている。
 その距離に、不覚にも胸の鼓動が跳ねて、晴香は思わず口を噤んだ。
 彼に背を抜かされたのは中学生一年生の時だったと記憶している。男女の違いがあるのだからそれはあたりまえだと思ったけれど、それにしても、こんなに背が高かっただろうか? 
 目の前にある男らしい喉元を、直視することができずに晴香はうつむく。
 孝也が晴香ごしの窓ガラスに手をついた。

「うちはあっちの方向だよ。ネオンがちょっと少ないだろ? それから会社はあれ。港店はあのビルの先だな。もちろん、ずーっと先だけど。花火は目の前で観られるって入居の時に聞いたけど、俺はまだ観たことがないんだ」

 丁寧な夜景の解説は、晴香の頭には入ってこない。いつもよりも低くく感じる孝也の声、シトラスの香りをふわりと感じて、晴香の胸がとくとくと音を立てる。
 この状況…。
 壁ドンならぬ、窓ガラスドンとでもいうのだろうか。

「晴香? どうかした?」

 こんなに近くまで来ておいて、どうかしたじゃないだろうと、晴香は心の中で悪態をついた。
 弟みたいな相手に、こんなにもドキドキしてしまっている自分が情けない。それと同時に、平然としていられる彼をうらめしく思った。
 さっきの車での話じゃないけれど、晴香は、あまり男性に対して免疫がない。たとえ孝也だとしても、こんなにも近い距離にいて、平気でいられるわけがないのだ。
< 39 / 206 >

この作品をシェア

pagetop