契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 実際、彼の言う通りだった。晴香には結婚したら、住みたい部屋や建てたい家のプランはたくさんあっても、肝心のどんな相手と住みたいかに関してはほぼノープラン。頭の中で思い描く家族団欒の光景の中にいる夫の姿は、いつもおぼろげなものだった。

「健太郎が言ってたよ。晴香は結婚の話をしていても、こういう家に住みたいんだって、間取りや設備の話ばかりで、肝心の相手の話はまったく出てこないんだって」

 健太郎のやつ…。
 弟相手に理想の結婚相手なんて語るわけないじゃないか。晴香は心の中で悪態をついて、孝也を睨んだ。
 ここにはいない憎らしい弟の代わりに。
 それでも孝也には平然として、

「どんな相手ならいいのか。考えてみてよ」

と、言った。
 孝也だって、晴香にとっては健太郎とそう変わらない弟みたいな存在だ。
 そんな相手に自分の理想の結婚相手を語るなんて恥ずかしいことこの上ない。
 でもここでなにも言えなければ、それこそ本当に結婚の望みはないような気がして晴香は一生懸命考えを巡らせた。
 晴香の身近に幸せな結婚をしている人はふたりいる。
 梨乃と健太郎だ。
 梨乃の旦那さんを晴香は直接は知らないから、ちゃんと知ってるといえるのは弟夫婦だけである。
 健太郎と妻の美紀は中学からの同級生だ。しかも美紀は晴香のブラスバンド部の後輩でもある。
 明るくてしっかりものの彼女は、これ以上ないくらいに健太郎にぴったりの奥さんで、付き合いを始めた高校の頃からはよく家に遊びに来ていたから、母とも晴香ともずっと仲良くしてくれている。
 男女の違いはあるものの、彼女のようなパートナーとなら幸せな家庭を築けるに違いない。
 よくやくお手本が見つかって、晴香は孝也をチラリと見る。彼は、急かすことなく口元に笑みを浮かべて晴香の答えを待っている。
 晴香は、ゆっくりと口を開いた。

「信頼できる人がいいな。一緒にいて安心できるっていうか、安らぐっていうか。仕事は忙しくても、家族を大切にしてくれて、休みの日は一緒に過ごしてくれる人がいい。私のお母さんや健太郎、それから美紀ちゃんとも仲良くしてくれるとありがたい」
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