契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 今まで通りでいいという言葉に安堵しつつ、不意に晴香の脳裏に浮かんだのは、昨夜感じた罪悪感にも似た得体の知れない落ち着かない気持ち。
 孝也が見せた晴香の知らない彼の顔。
 右の手に乗った温もり。
 シトラスの香り。
 孝也が手を伸ばして、晴香の頬にそっと触れた。

「っ…」

 晴香の胸がどきんと跳ねて、薄いピンク色の頬がぴくりと震えた。その肌の上を孝也の指がゆっくりと辿る。
 どうしてそんなことをするのかと視線だけで問いかけると、それに答えるように孝也がふわりと微笑んだ。

「晴香が俺を夫として見られるようにするのは、どちらかというと俺の役目かな」

 その言葉の意味をよく理解できないままに晴香は瞬きを繰り返す。とくんとくんと鳴る自らの鼓動を聞きながら。
 このドキドキは…。
 昨夜マンションで夜景を見た時とまったく同じ症状だった。あの時は、絶対にからかわれてるのだと思った。
 けれど今は…。
 エアコンは効いているはずなのに汗ばむくらいに身体が熱い。
 触れられた頬から伝わる熱が、全身を染め上げてゆくような感覚に、晴香は思わず目を閉じて身体を震わせた。…その時。

「孝也くーん! 晴香起きたぁ?」

 階下から呼びかける母の声に、孝也の指がぴたりと止まった。

「はい、やっと起きました」

 ドアに向かって答えてから、孝也はくすりと笑って、晴香から手を離した。

「朝ごはんだよ。着替えておりておいで」

 そしてゆっくりと立ち上がり、一階へ下りてゆく。
 残された晴香は熱い頬に手を当てて、

「今まで通り…?」

と呟いた。
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