極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

 そう言うと、椿生は鍵盤の上に指を置き、ゆっくりと演奏を始めた。
 驚きつつ、畔は彼との約束を思い出す。新曲が出来たら彼が1番に聴きたいと言っていた事を。
 畔は彼の鍵盤を叩く動きと、楽譜を思い出し、リズムをつかむ。
 畔は大事に持っていたケーキが入った箱をピアノの上に置いた。そして、ゆっくり目を瞑り歌の準備をする。思い出すのは、海のほとり。いや、違う。彼の出会った病院や夜の街だ。
 大切な人との別れの曲なのだから。もしもし、椿と離れてしまったら。それぐらい大切な人との別れを経験している人は沢山いるはずだ。その気持ちを知り、前を向けるきっかけになって欲しい。そう思ったのだから。


 畔はゆっくり目を開け、唇を開き大きく息を吸う。そして、歌声を部屋中に響かせた。
 畔は彼のピアノの振動を感じようと、ピアノに触れる。彼との演奏はとても楽しく心が揺れた。椿生の奏でる音楽を感じ、畔も笑顔になる。

 別れは悲しい。だからこそ、「大丈夫だよ」そう伝えるために笑顔で歌おう。この曲は前を向くために書いたものなのだから。椿生のピアノは、そんな風に思わせてくれるものだった。

 お客さんなど誰もいない。
 けれど、こんなドキドキして楽しい時間はなかったと思うぐらいに、畔の心は高まり、それと共に声の調子もよくなる。


 2人は視線を合わせ、ニッコリと微笑み合うと、特別な演奏会は夕焼けの光りが終わるまで続いたのだった。
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