結婚から始めましょう。
私のぶつけた言葉に、秋葉は特に気分を害するわけでもなく、変わらない穏やかな表情で答えた。

「確かに、様々な方面から見合いの話はいただいていますし、声をかけてくださる女性もいます。けれど、好意を抱けない相手をパートナーに選ぶつもりはありません」

ほらね。私じゃなくても、いくらでも相手は選べるってことだわ。〝好意〟なんて、華子の考えで言えば、結婚後だって育つ感情だ。

本音で話せたことで、次第に緊張が薄れていく。
コーヒーカップに手を伸ばし、一口だけ口に含みながら、この場を無事にやり過ごす方策を考えた。

普段なら、相手に求める条件という、一目で合うか合わないかわかる材料があるけれど、秋葉に関しては残念ながらそんな情報は持ち合わせていない。となれば、聞くしかない。

「秋葉さんは……」

「蓮と呼んでくれませんか?」

意を決して話し出したところ、出鼻を挫かれてしまった。たしかに〝桃香さん〟と呼ぶことを承諾したけれど、私が彼のことを名前で呼ぶ理由は、今のところまだない。

「えっと……」

「嫌なんです、秋葉の姓は。自分で言うのもなんですが、この名字は……私には偉大すぎて。なんだか、いろいろと縛られてしまいそうで。どうか蓮と呼んでくれませんか?」

少しだけ切なさを漂わせた瞳に、なぜか心が疼いてしまった。〝偉大〟と言った背景がどれほどのものなのか私にはわからないけれど、一瞬揺れた瞳には頷かずにはいられなかった。

「それでは、蓮さんとお呼びします」

そう告げると、彼は嬉しそうな笑みを浮かべた。


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