【短】あの夏を忘れない
その瞬間はすぐにやってきた。
一人、夕暮れの街を宛もなく歩いていた時のこと。
向こうから、彼がやって来た。
私は、手を振り声を掛けようとする。
けれど、その横にいる人を見てハッとして、固まった。
カッチリと薬指に嵌った指輪と、柔い笑み。
それを一心に受けるその人は、とても美しく…私とはまるで正反対のタイプの人間。
自信に溢れ、幸せに溢れ、全てをその手に掴んでいる…そんな印象深い、人だった。
私は、ぎゅっと両手に拳を作り深呼吸すると、真っ直ぐに歩き出した。
彼に標準を合わせて。
じっと視線を合わせるようにして。
「あ…」
「…え?なーに?叶海?」
「…いや、なんでもない」
私は、彼らのすぐそばを通り抜ける。
何も言わずに。
ただ、すれ違い様ふっと笑みをこぼして…。
それが、私たちの別れの合図だった。