独占欲強めな副社長は、政略結婚で高嶺の花を娶りたい

 直前になって名前くらいは知っておかないと失礼ではないかしらと気づきはしたけれど、断るつもりなのだから失礼くらいが丁度いいかなと思い直し、知らないまま出向くことにした。

 料亭の一室を指定され、そこに向かう。「まだお相手はいらしておりません」と告げられ、部屋に通される。

 通された部屋からは中庭が見え、梅の花が美しく咲いているのがわかる。海斗さんとの旅行から一ヶ月近く経ち、花が綻び始める季節になっていた。

「お連れ様がお着きです」

 控えめな声を聞き、姿勢を正す。不躾に見つめ過ぎないようにして出迎えると、襖の開閉の音を聞いた後耳障りのいい声が鼓膜を震わせる。

「連絡、待っていたのに」

 えっ?

 聞き覚えのある声に胸がさざめいて、顔を上げるのを一瞬躊躇する。ゆっくりと襖の方に顔を向け、震える唇がその人の名前を形取る。

「海斗さん……」

 色々な思いが瞬時に流れ込み、思考がまとまらない。

「俺が来ることすら、知らなかったという顔だな」

 あの夜と同じ、深みのある声で咎めるように言われても、なにも答えられない。

「この会食の話が持ち上がれば、さすがに連絡をくれると踏んでいたのに、俺の連絡先を書いた紙は捨てられてしまったのかな」

 薄い唇は緩く弧を描き、微笑みを向けられる。
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