カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~


 まずい。なんだか、暗い気持ちが湧き上がってくる。


 そのとき、さらりと髪を耳にかけられた。微かに触れた指の感触に目を見開くと、澄んだ切れ長の瞳と視線が合う。


「また泣きそうな顔だ。……なにか嫌なことがあったから、ここに来たんだよね?」


 その仕草も声色もひどく優しくて、次第に警戒心が薄れていった。

 ぽつりぽつりと話し始めると、彼は丁寧に相槌を打って根気強く聞いてくれた。名前しか知らない男性に身の上話をするなんて、普段なら考えられない。

 でも、彼が聞き上手だからか、軽くお酒が入っているからか、止まらなかった。


「つまり桃ちゃんは、親が勝手に決めた男と無理やりお見合いをさせられそうになっているわけか」

「はい。それに、きっと拒否権はないから……今日くらいはすべてを忘れたくて」

「そっか。苦しい立場だね。相手の男の情報は詳しく聞いたの?」

「聞く前に家を飛び出して来ちゃいました。美澄屋の若旦那ってことくらいしか知らないんです」

「へぇ……」

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