冷酷御曹司と仮初の花嫁
 煌びやかな大理石のフロアを転ばないように注意して歩いて行くと、一番奥の特別室に私は案内された。そういう部屋があることは知っていたけど、本当に大事な商談でしか使われない。奥に向かって千夜子さんと一緒に歩く。その私にフロア中から視線が投げられた。見たこともない女が千代子さんの着物を着て、一緒に歩く。プロのお姉さんにとって、いい気持ちはしないだろう。

 ノックをして開かれたドアの向こうは煌びやかなクラブとは思えないくらいに、重厚な雰囲気を醸し出していた。一流の人しか入れないこの場所で、私は何をすればいいのだろう。途端に膝が折れそうになった。目の前にいる人は……。私が想像したよりもずっと若い……。周りの高齢の人の中で一際、違う光と放っていた。

 千夜子さんと一緒にテーブルに行くと、静かに話していた声がピタッと止まった。千夜子さんは綺麗に微笑みを浮かべ、私の腰に手を回した。

「新人の静香ちゃんです。今日は初めてのお店ですから、私が一緒に席にお邪魔しますね」

 そういうと、千夜子さんは私の腰に添えている手を少し動かし、帯をポンと小さく叩いた。シーンとなってしまった席で自己紹介しないといけないけど、慣れないことで言葉が出てこない。

「静香です。よろしくお願いします」

「千夜子ママが席に着くなんて今日は凄いな。静香ちゃんか。可愛いね。さ、社長の隣に座って座って」

 席を勧められて、横に座ると、反対側には千夜子さんが座ってくれた。千夜子さんは間島さんが運んできたウィスキーと氷でロックを作ると、社長の前に置いた。接待をするオジサンの前には水割りを置く。そして、私の目の前にはオレンジジュースのグラスが置かれた。
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