冷酷御曹司と仮初の花嫁
 その後に何もかもが分かっているようで、何も言わずに準備だけして部屋を出ていく。テレビで見たことのある料亭は料理の一品がゆっくりと運ばれるのに、今日は既にテーブルの上には料理が並んでいた。

「なんか凄いです」


「今日は君が着物だから、食べられるものを食べたらいいと思って、適当に選んで全て並べさせた。着物で食事もしにくいと思うけど、出来るだけ楽に」


「ありがとうございます。でも、着物に慣れなくて」

「洋服がいいなら、すぐに秘書に君の服を持ってこさせようか」

「いえ。大丈夫です。気を付けて頂きます」

 初めてあった人と、こんな風に目の前に座るのは何だか居心地が悪いし、何を話していいか分からない。気を付けて箸を料理に付けると、口元に運ぶ。美味しいけど、緊張で味が少し分からない。見目麗しい料理は目を楽しませる。仄かな味の彩も本来ならば、感動すると思う。でも、今は少し残念な状況だった。

「で、普段は何をしている人なの?」

 零さないように食事を進めている私に、佐久間さんは優しい声で話しかけた。

「昼は普通の会社で会社員をしていて、夜は週末にカフェでウェイトレスをしています。今日は千夜子ママのお店に初めて手伝いに行きました」

「週末に繁華街でカフェのバイトってことはお金が必要だよね」

「…………。」

「無理に答えなくていいよ」

「すみません」

「そっか。何となく頑張っていることは分かる気がする」

 その言葉がフッと胸の奥に染み渡る気がした。前向きに頑張ろうと、疲れた身体に気合を入れて、ずっと働いてきた。お母さんに心配させないように毎日笑っていた。でも、疲れてなかったとは言えない。

 でも、佐久間さんの優しい雰囲気からか、私はぽろっと本当のことを口にしていた。

「大学の奨学金と母の入院代です」

「こちらの方が無理を言うからには相応のことはさせてもらう」

 そんな私に佐久間さんの声は優しく響いた。この人はとんでもないことを言い出したけど、本当はいい人なのかもしれない。この人は本当に結婚したくないだけで私に半年間の結婚を望んでいる。

「聞いていいですか?」
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