強引な彼にすっかり振り回されています
「店長っ♪ その後、副社長とはどうなりました?」
フラワーショップで、お客様を見送ったところにマナちゃんが耳打ちしてきた。
「もぉ…、だからそういうんじゃないんだってば。」
アレンジメントに使ったリボンや包装紙を棚に戻しながら答える。
「だって、せっかくのチャンスじゃないですか。ヴィズウエスト社内だってなかなか会えないって噂ですよ?」
「どこからそんな噂を仕入れてくるのよ。
だいたいねぇ、御曹司副社長は庭師なんて恋愛対象じゃないでしょ?」
自分でも気付かないうちに、ため息混じりの言葉になってしまった。
「……それって、店長にとっては恋愛対象だけどっていう反語ですか?」
いたずらっ子の笑顔でマナちゃんが私に詰め寄る。
「もぉ!揚げ足とらないの。ほらっ、花筒の水量チェックしてきて!」
何とも気恥ずかしい思いに駆られて、マナちゃんをシッシと追いやった時、
エプロンポケットに入れてあるスマホから着信音が聞こえてきた。
表示されている名前に思わずドキリとする。
「はい、片岡です。先日はありがとうございました!」
「西王寺です、こちらこそ。今、どこにいる?」
距離感の詰まったスマホ越しの声が妙に 擽ったく感じて、
顔に出ないように注意しながらマナちゃんの動きを目で追っておく。
「今はBHS内にいますので、御社で打ち合わせならすぐに行けますよ?」
出来るだけ声色をビジネス用にして返事をした。
「それなら良かった。あと15分くらいでビルに着くところなんだけどさ、
オフィスビル地上階のモール側に来れる?」
「モール側ですか?」
メインエントランスの裏手にあたるモール側を指定するさんの意図が見えずに聞き返した。
「うん、そう。行ってくれればわかるようにしておくから。」
「わかりました。はい、では15分後に。」
通話終了の画面を見ながら、ホッと息が漏れる。
どうやら無意識に緊張していたらしい。
「マナちゃん、急でごめん。これから打ち合わせ出てくる!」
「噂をすれば!ですね。いってらっしゃーい。」
勘の良いマナちゃんの楽しそうな笑顔に見送られて、お店を後にした。
モールを出て、オフィスビル側に回り込む。
人の往来が少ないエリアなので、周囲を気にせず急ぎ足で歩くことができる。
さっきの電話から考えるに、西王寺さんはビルの外から来るのだろうから、とりあえず裏手の道路側まで行こうとどんどん歩いていた途中。
「片岡さんでいらっしゃいますか?」
凛とした佇まいの男性から声をかけられる。
うっかり通り過ぎてしまいそうになりながら、慌てて足を止めて、その人を見た。
「はい、そうです。」
西王寺さんの名前を出して良いものかどうかわからず、聞かれたことだけに答えた。
「こちらでお待ちいただく様にと西王寺から言付かっております。外で申し訳ありませんが。」
行けばわかるようにしておくと言っていたのはこのことか、と思い出す。
「申し遅れました、私、副社長秘書をしております、佐々木と言います。」
「あっ……ご丁寧にどうも、片岡でございます。副社長には、いつもお世話になっております。」
慌てて名刺入れを取り出した。
「いえ、むしろ彼の世話をしていただいて恐れ入ります。今日も急な呼び出しでしたよね。」
お互いに苦笑しながら名刺交換した。
さすがは一流企業役員の秘書ともなると、人に対する緩急のつけどころがさり気ない。
「でも結局いつも私の方が楽しい気持ちにしていただいてますので、大丈夫ですよ?
頻繁にお会いいただけてありがたいくらいです。」
「そう言っていただけると助かります。」
私と秘書さんが穏やかに微笑み合った直後だった。
「ごめん!お待たせ!」
物凄い勢いで手首を掴まれ引っ張られたので、勝手に足が前に出た。
「えっ?ちょっ……西王寺さんっ?」
目の前にある非常口の様なドアを開けた西王寺さんは、私をポイっと放り込んだ。
バタン……。
重厚なドアの閉まった狭い空間にはエレベーターの入り口が一つだけ。
「直通エレベーターなんだ。」
すぐ背後から西王寺さんが言って、私越しにボタンを押したので、後ろから壁ドンみたいな格好になる。
思わぬ展開にドキリと反応する心臓。
(マナちゃんに揶揄われたから意識しちゃう!)
一瞬の出来事が、長く感じられた。
「乗るよ。」
大きな手が私の腰の少し上くらいに触れるか触れないかの絶妙な加減で添えられて
エスコートされながら到着したエレベーターに入れられる。
頭が、心臓が、全く追いついていかない。
ゆっくりと動き出すエレベーターの階数表示に目の照準を合わそうとするものの、
表示より手前の空間をぼんやり眺めているような状態だった。
「仕事の件だけど。人数は100名くらいで、ヨーロッパ圏からの客人が割合的に多い。男女比は半々。
立食型の懇親パーティーだから、各テーブルに2、3人で連れ立って挨拶回り出来る導線は欲しい。」
乗り込むと同時に離された手に寂しさを感じる間もなく、西王寺さんが早口で説明し始めたので、はっと現実に引き戻された。
慌てて頭を仕事モードに切り替える。
「あの、そこに日本らしさは必要ですか?インテリアイメージを見る限りは特別『和』を強調していない印象でしたが。」
「うん、これといって必要はないけど、さりげなく入れてくれる分には構わない。」
「わかりました。あと……、」
こちらの聞きたいことを的確に伝えてくれるので、2,3質問しただけで事足りてしまった。
その間にエレベーターは数階上昇している。
「あれ?」
今まで無機質だったエレベーター内へ突然光が差し込み、4面のうち1面がガラス張りであることに気づく。
「わぁ!モールの庭園が見えるんですね!」
徐々に遠ざかる庭園を見ていると、その造りにハテナが浮かんでくる。
「どう?そこからの眺めは。」
「こんな目線で見たことなかったから、今まで気づかなかった石の位置とか、砂の波紋の流れとか、ちょっと調整したくなってます。」
私は庭園から目を離せずに答える。
「そう。ホントに仕事好きなんだね。」
「後で親方に相談してみます。」
「頑張って。」
西王寺さんの声色が楽しそうなので、遠慮なくそのまま庭を見続けていた。
「紗也ちゃん、集中してるところ悪いけど、目的地に着いたよ。」
言うや否や、エレベーターが止まってドアが開く……
「わわっ!」
同時に想像していなかった景色が突風とともに現れて、持っていたカバンを持つ手に力が入る。
「ヘリポートは初めて?」
強い風に動じる事なく私をエレベーターから下ろすために振り返った西王寺さんが手を差し出している。
「初めてです……。」
恐る恐るその手を取って、一歩踏み出した。
だんだんと近づくヘリコプターは、
やっぱり、とても大きい。
「こんなところまで連れて来て悪い。本当なら一緒に乗ってヘリデートと行きたいところだけど、今から2週間の海外出張なんだ。」
「で……デートって!」
私の耳で反芻するワードを思わず口にする。
「出張から戻ったらすぐ確認出来る様に、おれの依頼、仕上げておけよ?」
フランクな物言いに加えて破壊力満点の笑顔で言いながら、
繋いでいない方の手を私の頭にポンと乗せた。
「はいっ……。」
恋人同士のやり取りみたいな空気が漂い、一瞬、自分のいる場所を忘れそうになってしまった。
「じゃあね。」と言い残して、西王寺さんが颯爽とヘリに乗り込むと、
私はヘリの周りに控えていたスーツの人々に案内され、エレベーター前まで戻された。
今まで以上の風に煽られながら、西王寺さんの出発を見送る。
あれよあれよと遠ざかるヘリコプターを私はただただ見上げる事しかできなかった。
その後の私はと言うと、いつの間にか上がってきていた秘書さんに連れられて、無事に地上に戻ったのだった。