婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 もちろん。そう言おうとしたが、はたと口をつぐんだ。キッチンに立つ紅の後ろ姿が目に入ったからだ。

『どうした?』
「いや……やっぱり急がなくていい。じっくりいい物件を探してくれと小宮山さんに」
『ホテル嫌いじゃなかったのか? まぁいいけど。じゃあな』

 旬はそう言うと、こちらの挨拶も待たずに一方的に電話を切った。せっかちな彼はいつもこの調子なので、宗介も慣れたものだ。

「お待たせ。お夕飯が中華だったから、あっさり軽めのものにしてみたよ」

 ちょうどいいタイミングで、キッチンからお皿を持った紅がやってきた。

 梅肉と大葉の乗った冷ややっこ、トマトとパプリカのピクルス、アジのなめろう、ブルーチーズとくるみを蜂蜜で和えたもの。
 凝ったものではないのだろうが、盛り付けが美しく、つい箸を伸ばしたくなる。

 偏見を承知で言うと、料理が好きな人間は2パターンに分かれると宗介は思っている。料理をしている自分が好きか、料理が好きか、だ。宗介も料理はするが、自身は完全に前者だ。しっかりと自己管理できる人間でありたいという気持ちから料理をする。
 
 女性の場合は、異性によく思われたいというパターンもあるかも知れない。今夜の紅がこのパターンなら宗介は嬉しいのだが……残念ながら絶対違うだろう。
 彼女は純粋に料理が好きなのだ。食材や器の扱い方を見れば、すぐにわかる。
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