婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 元気のない紅を気遣うように、宗介は賑やかなJ‐POPからゆったりとしたジャズにBGMを変更した。女性シンガーの少し癖のあるハスキーな声が耳に心地よかった。

「いい声だね。素敵な曲」
「ノルウェーのシンガーだよ」
「へぇ。ジャズはあんまり聞かないけど、今度調べてみよう」
「うん。……大丈夫か?」

 心配してくれる宗介に紅は微笑んでみせた。

「玲子が正しいの。でも……私も間違えてはいないと思う」

 玲子の言うように、紅は臆病なのだろう。だけど、臆病なことが悪いとは紅は思わなかった。傷つかない生き方を選ぶことは、そんなに悪いことだろうか。

 宗介はくすりと笑う。

「見かけによらず頑固なのは、昔からだな。玲子ちゃんも大変だ」
「大丈夫。そのうちちゃんと仲直りするから」

 一度のケンカで壊れる仲ではない。それは自信を持って言える。

「電話してみてよかったよ」
「どうして?」
「そんな顔してる紅をひとりにはしておけない。……このまま少しドライブでもする?」
「うん、ありがとう」

 なにも聞かないでいてくれる彼の優しさが心に染みた。流れていく景色をぼんやりと見つめながら、お夕飯はなにを作ろうかとか、そんなことを考えた。
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