耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
いくつもの疑問を抱えながら、怜は家に上がりすべての部屋に電気をつけて回る。准教授室を出たときから脇に抱えたままのカバンとコートを置くこともせず。

けれど、美寧の姿はどこにもなかった。
誰もいない冷え切った家は、まるで怜が一人で暮らしていた時のまま。

いったい彼女はどこにいったのだろう。
聡臣が迎えに来て、彼と一緒に実家に帰ったのだろうか。今朝自分が言った通りに。

大事な人が、突然いなくなる。
それは決して不思議なことではない。自分はそれをずいぶん前から知っていたはずだ。

突然やってきた人が、突然帰っていく。むしろそれが当たり前なのかもしれない。
いや。そもそも、美寧と暮らしていたこと自体が夢かまぼろしだったのかもしれない。

家の中は自分がつけた明かりが煌々(こうこう)としていて、どこもかしこも明るいはずなのに、怜はまるで出口のない闇の中に迷い込んだような気がしていた。

言いようのない胸の痛みに、こぶしを固く握りしめる。すると、手の平に何か尖ったもの食い込んだ。ゆっくりと手の平の力をゆるめ、五本の指をそっと開いていく。

花びらがきらりと光った。


『れいちゃん、ありがとう。お洋服もネックレスも、ほんとはすごく嬉しい。大事にするね』
『れいちゃんが望むものがあるなら、それを口に出してもいいの。それは欲張りでも我がままでもないんだよ』
『どんな時でもれいちゃんといたい。それが私の一番の「望み」だよ』


彼女の言葉が次々と浮かんでは消えていく。まるでグラスの中で弾ける炭酸のように。

そうだ。来年は彼女の為に沢山の梅シロップを作ると約束したじゃないか。
ずっとそばにいると。二人にとって一番良い方法を一緒に考えると。

「こんなところで立ち止まってる場合じゃないだろ」

珍しくハッキリ口に出した独り言に叱咤され、怜は再び外へと駆け出して行った。


< 252 / 427 >

この作品をシェア

pagetop