耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「あんずのシロップ漬け………」

「はい。約束したので。お裾分けするって、美寧ちゃんと………」

手に持っていたタオルを握りしめる怜に、杏奈は無言で頷くと、カウンターの中に入って行った。
そしてしばらくすると、トレーを持って戻って来た。怜が立っているカウンターの前に、コーヒーカップが置かれる。

「どうぞ」

怜は、湯気の立つカップと杏奈を交互に見る。すると杏奈が言った。

「藤波さん、ご自分じゃ気付いてないかもしれませんが、ひどい顔色です。雨に濡れて冷えてしまったせいもあると思います。これを飲んで少しでも体を温めてください」

そんなに自分は顔色が悪いのだろうか。全然気付かなかった。
そんな怜に杏奈は言う。

「もし藤波さんが風邪でも引いてしまったら、きっと美寧ちゃんはすごく悲しむと思いますよ」

杏奈の台詞にハッとする。これで怜が体調を崩したら、きっと美寧は自分を責めるだろう。怜は頭を深く下げた。

「ありがとうございます………頂きます」

杏奈がホッと息をつく音がした。


杏奈が淹れてくれたコーヒーは美味しかった。
彼女は『父には遠く及びませんが』と言ったが、マスター直伝だというそのコーヒーは、店で出すのに何の問題もないほどの出来栄えだった。
何より彼女の人柄がにじみ出たような優しい味で、コーヒーの温もりと共に怜の体と心を温めてくれた。

怜の冷えた体が熱いコーヒーで温まった頃、カランとドアベルが鳴った。
みんなでそちらを一斉に振り返る。入ってきたのは———


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