耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「今思えば、あの時無理やりにでも(さや)を家に置いておけば良かったんだ……」

そう呟いた父の顔には苦渋が滲んでいる。
母清香が亡くなってもう十七年が経つ。それなのに、父の顔には昨日今日失ってしまったかのようなつらさが滲んでいる。愛する妻を亡くした悲しみは、彼の中に今もなお薄れず残るものなのかもしれない。

「そうしたら彼女は、春先に引いた風邪をこじらしてあっという間に逝ってしまうこともなかっただろう………」


その後のことは美寧も知っている。
幼い自分は母が亡くなった後、気管支炎をぶり返し、体調を崩すようになった。そして療養を兼ねて祖父の家で暮らすようになったのだ。

「私が彼女を……清香をこんなに早くに死なせてしまった………」

呻くように呟いた父の言葉に、美寧の胸が締めつけられる。
もしかして父はずっと、母が亡くなったことをそうやって責め続けてきたのだろうか。

「そんな……お父さまのせいでは、」

「いや……産後から体調が完全に戻り切らない(さや)があんなに頑張っていたのは私のためだ……私の立場のことを彼女は一番に考えてくれていた……本当はつらかっただろうに、彼女はギリギリまで私の隣に立ってくれて………本当なら私が気付くべきだったのだ。そして彼女を止めるべきだった。それなのに———」

「お父さま………」

悔しそうにうつむいた父に、美寧はかける言葉が見つからない。
父の口から母のことを聞くのはこれが初めてで。
父がこんなにも母のことを愛していたなんて———。

「だから、清香の葬儀の時、杵島(きじま)義父(ちち)から何を言われてもその通りだと思った」

「おじいさまはなんて………」

訊き返した美寧に父は答えない。

「お父さま……?」

美寧が首をかしげた時、それまで黙っていた兄が口を開いた。

「『清香を殺したのはお前だ』」
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