耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「その日はちょうど父が出張調査から帰ってくる日でした。昼過ぎに空港に着くから、母が迎えに行ってくると、朝、学校に行く前に聞いて………。学校にいる間中、『帰ったら父がいる』———そのことばかりが気になって、楽しみで仕方ありませんでした。
父が帰ってくる日は、母と一緒に父の好物を作ることが習慣化していて……メニューは決まっていましたので、帰ったらすぐにそれに取りかかろうと、授業中も料理の手順や注意点のことばかり考えていました。ですが、帰った時に二人はいなくて———」

怜はそこまで言うと、いったん言葉を切る。そして、潤んだ瞳で瞬きひとつせずに怜のことを見つめる美寧の頭をそっと撫でた。

「事故で両親を失った後、俺は父方の祖父母に引き取られました。そのことは前にも話しましたよね?」

美寧が黙って頷くと、頭を撫でていた手が離れていく。

「中学高校は祖父母の家から進学しましたが、大学進学を機にこの家に戻ってきました。
人が住まない家は傷みやすい。五年以上空き家だったこの家を、出来る範囲で少しずつ修理しながら一人で暮らしてきました。その間に、祖父が亡くなって、祖母も………。」

怜はいったん言葉を切った。そして、自分の手のひらをじっと見つめ、静かに言った。

「俺の大切な人たちは、この指を通り抜けていなくなってしまう」

「っ———!」

「それなら、もういっそ大事なものを持たなければいい。何も持っていなければ何も失うことはない———そう思ったのです」

「なっ、———そ、そんなこと、」

「ですから、この家にはもう、自分で取捨選択できるものしか置かない、そう決めていました。……“物”ならば、大事にすることも、なくならないように気を付けることも、捨てることすら自分の意思で決められますから———」

美寧は何をどう言えばいいのか、まったく分からなかった。
怜がそんなふうに考えていたなんて———。


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