耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー

「でもちょっと意外だったかも」

「何がですか?」

「れいちゃんの好きな食べ物」

「ああ………」

大きな鍋には怜が丁寧に出汁から取ったつゆ。中ではこんにゃく、牛筋などが煮られている。
美寧が今剥いている玉子も怜が剥いている大根も、この中に入れるためだ。
時間を置いて、怜が作り置きにして冷凍していた“銀杏がんも”もこの中に加わるらしい。美寧はひそかにそれを食べるのを楽しみにしている。

今日の夕飯でもある“おでん”は、今日の主役のリクエストで決まった。

『誕生日はれいちゃんの食べたいものを一緒に作りたい』と言った美寧に、怜が口にしたのがそれだった。

『おでんっておうちで作れるんだ………』と驚いた美寧に、『俺も、もう何年も作っていないので、上手く出来るか分かりませんが』と怜が言う。美寧は『じゃあ、一緒に頑張ろう!』と俄然やる気を出した。

今日は十二月二十五日。そう、怜の誕生日なのだ。


「おでんは、亡くなった父の好物だったのです」

「え、そうなの?」

「はい。仕事で長期間家を空ける父が、帰ってくると必ず母にリクエストしていたのが“おでん”で———。だから俺は、子どもの頃には、おでんを季節問わず年中食べていました」

「そうだったんだ………」

「とはいえ、子どもの俺はそんなにおでんが好きと言うほどでもなく、どちらかと言うと“父が帰ってくる時の風物詩”のような感覚で———」

包丁の手を止めた怜は顔を上げ、まっすぐに、どこか遠くを見つめながら言った。

「ですが、大人になって他所(よそ)でおでんを食べる機会があるたびに思っていたのです、『ああ、俺が食べたい味とは違うな』と」

そこまで言ってから美寧の方を見た怜が、「自分で作っても良かったのですが、一人で食べるには多くなりすぎてしまうので」と付け足した。

「そっかぁ…… れいちゃんが食べたかったのは、“お母さまのおでん”だったんだね………」

怜が食べたいものはもう二度と食べることが出来ない。そう思ったらせつなくて、美寧の眉がしゅんと下がる。
すると、美寧のこめかみに怜の唇が触れた。隣を振り仰ぐと、少し困ったような優しい瞳があった。
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