耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー

「いい香りですね」

その声に、美寧は本棚の方を向いていた顔を怜の方へと向ける。薄い微笑みを浮かべた怜と目が合う。

「いただきます」

コーヒーカップを持った怜はそう言うと、まずその香りをゆっくりと味わってからカップに口を付けた。音を立てることなく中身を飲む。

「———美味しいです」

「……良かった」

ホッとした美寧が笑顔になる。

怜に『美味しい』と言ってもらえるのは、美寧にとっては特別なことだ。

“誰かが自分の為に作った料理”

それは味覚だけではなく、心が『美味しい』と感じるもの。
それが好きな人からならなおのこと。

いつも自分に特別な『美味しい』をくれる彼に、同じようにその気持ちを味わってほしいと美寧は思う。

(コーヒーと紅茶くらいしか、私が怜ちゃんに自信を持って出せるものはないのだけど………)

幼い頃から二十年近く暮らしていた祖父の家も、ここ一年暮らした父の家にも、家事を請け負うプロがいた。それゆえ美寧は“家事”というものをしたことが無かった。覚えた家事のほとんどは、怜が教えてくれたものだ。
そんな美寧にとって唯一きちんと出せる“料理”は、紅茶とコーヒーを淹れることくらいなのだ。

(お料理もまだまだだし、おしゃれでもないし………)

またしても先週のことを思い返して、美寧の気持ちがズンと沈みかけた。その時———

「ミネ———」

呼ばれて顔を上げると、怜が座ったまま美寧を見上げていた。

「何かありましたか?」

「え?」

「ここ数日……いや、この一週間、時々沈んだ顔をしているように見えます」

「………」

思わず口ごもる。怜に気付かれているとは思わなかった。
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