耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー


「それで、その新しく入ったアルバイトが、大学で会った神谷君だった、ということですか……」

「うん、そうなの!すごい偶然だよね。こんなことあるんだって、私びっくりしちゃった」

その時のことを思い出しながら、興奮した口調で話す美寧。
目じりが少しだけ上向きのアーモンドアイを大きく見開き、茶色がかった黒目をキラキラと輝かせ、口角はきゅっと上げる。楽しいことを語る時の美寧の顔だ。

「そうですか……あの学生が……」

そんな美寧と反対に、怜は呟いた後、何かを考え込むように口を閉ざした。



美寧の話によると、マスターのコーヒーに惚れ込んだ神谷が、自らアルバイトを志願したらしい。

コーヒー好きの彼は、色々なお店のコーヒーを飲んだり自分で淹れ方を研究しているようで、偶然見つけた【カフェ ラプワール】のマスターのコーヒーの淹れ方を少しでも覚えたいと”修行”を願い出た。

『アルバイト代は少なくても全然構いません!猫の手になれるように頑張りますので、お願いします!』

どこかで聞いたことのある売り込みが、マスターに首を縦に振らせた決定打だった。それを知っているのは、マスター本人以外は奥さんだけだ。

【カフェ ラプワール】は、これまでは常連客が来るのがほとんどで、ふらりと立ち寄る一見客はたまにやってくる程度だった。
なので、これまではマスター一人で切り盛り出来ていたのだが、美寧がアルバイトに入るようになってからというもの、看板娘のおかげか、新規の客も増えて密かに忙しくなっていたのだ。


神谷は、平日は大学の授業が終わった夕方から閉店まで、そして土曜日はサークルがあるが、日曜日は丸一日アルバイトに入れると言う。

ちょうど美寧と互い違いになるような時間帯になるため、人手不足解消にちょうどいいと、マスターは彼の採用を決めたのだった。

神谷は、制服の受け取りの為ラプワールに来たようで、仕事始めは明日かららしい。
奥さんから制服を受け取り、カウンターでコーヒーを飲みながらこれまでの遣り取りを黙って見守っていた常連客の田中と柴田に軽く会釈をすると、その日は帰っていった。



美寧は喋るだけ喋ってスッキリすると、あとは食事に集中するだけとばかりに、皿と口の間でせっせと箸を往復させている。

秋刀魚の塩焼きが乗った皿は、背骨以外何も残っていない。箸遣いも上手な美寧は、魚を食べるのも上手だ。きっとこれがフォークとナイフでも同じだろう。

普段から姿勢の良い美寧は、食べる時もその姿勢を崩すことはない。
何か伝統芸、日舞や茶道などの習い事でもしていたのかもしれない。

怜は一緒に暮らし始めた当初から美寧の育ちが良いことに気付いていたが、彼女の詳しい出自については訊いていない。

けれど、最近では美寧が祖父と暮らしていた時のことをぽつぽつと口にするようになっていて、以前より美寧のことで怜が知っていることが増えていた。

今は “少しずつ”で良いと思う。
彼女のことを知ることも、自分たちの関係も———


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