転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「忘れ物とは、なんでしょうか」
「ああ。これよ」


 思い出したように言って、レイラが肩にかけていた黒いバッグから何かを取り出した。

 差し出されたものを確認し、すぐにそれが春人の私物だと思い当たる。彼が大学を卒業したときに両親からプレゼントされたのだと以前教えてもらった、高級ブランドのボールペンだった。


「わざわざ、ありがとうございます」


 どんな経緯でこれを手にしたのか、なんてことはあえて聞かない。早々にお引き取り願おうと礼のみを伝えた結乃は、けれども受け取る直前でなぜか引っ込められた手に思わず眉を寄せた。


「ごめんなさい。お酒を飲んできたんだけど、ちょっと具合が悪くなっちゃった。少し休ませていただける?」


 微笑を崩さないままそんなことを言い出したレイラは、どう見ても具合が悪そうには見えない。

 けれどまさか、春人のボールペンを取り戻してもいないのにここで彼女を帰すわけにもいかないだろう。

 結乃はきゅっと下唇を噛みしめると、1歩足を後ろに引いて「どうぞ」とレイラを招き入れた。


「単刀直入に言うわ。あなた、春人と別れてくれる?」


 ローテーブルに冷たいアイスティーを置いた直後、ゆったりとソファーにかけるレイラが何の迷いもない口調で言い放った。

 今日はあまりにも予想外のことばかり起きているため、結乃は逆に冷静な頭でそのセリフを受け止める。


「……離婚しろ、ということでしょうか」
「そうね。本当にあなたたちが正規の手続きを踏んで夫婦になっているのならそう。内縁の妻、ということなら、ただこの家から出て行ってくれればいいわ」


 やはり彼女の言葉には迷いや遠慮というものがない。

 いっそ清々しいほどストレートに理不尽な離縁を要求されている結乃はといえば、レイラの言葉にすぐ返事はせず、小さく息をつきながらラグの上へと腰を下ろした。
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