転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「おい……」


 珍しくどこか動揺した声を上げるハルトだが、ユノは完全スルーで眼前にある髪を手に取る。


(うっわー相変わらずサラサラ~腹立つわ~)


 癖毛のユノからすると、ハルトのサラツヤストレートヘアはうらやましいかぎりである。

 互いに顔が見えないこの状態で、ユノはおもむろに口を開いた。


「私もね、救護要員として国境に行くことになったの。後方での待機になると思うから、ハルトとは離れた場所だと思うんだけど」


 ピクリと、ハルトが反応した。

 そのせいでせっかくまとめた髪が手のひらからすべり落ち、ユノは「ああもう、動かないでくださーい」とくすくす笑って再度手を動かす。


「あ、でも、もしハルトが怪我をしたら会うことになるのかな。絶対来ないでね?」


 笑い混じりで勝手なことを言うユノに、背中を向けるハルトは無言を返した。

 手際よく髪をひとつに束ね、持っていた組紐を括りつけて固く結ぶ。

 月明かりを反射して輝くその髪の美しさを目に焼きつけてから、ユノは手を離した。


「はい、できたよ」


 声をかけると、くるりとハルトがこちらを向く。

 その顔が、なんともいえず苦虫を噛み潰したようにしかめられていて──見上げるユノは、思わず苦笑した。


「そんな顔されるのは意外ね。……大丈夫。殿下とハルトたちが、がんばってくれるんでしょう?」


 まるで幼い子どもを宥めるような、やわらかい声と微笑みだった。

 ハルトはいっそう眉を寄せ、けれど諦めたように細く深い息を吐き出す。


「ああ。……ユノ」


 うなずいて、彼が口にした自分の名前に、ユノは目を丸くした。

 ある程度の年齢になった頃から、ハルトはユノの名前をほとんど呼ばなくなった。それはきっと、彼にとって異性の幼なじみである自分の存在は扱いに困るもので──仕方ないことなのだろうと、わかったつもりではいたのだ。

 それでも『おまえ』だとか『なあ』なんて、不特定多数のものに使われる言葉を向けられるたび、どうしようもない寂しさを感じることは止められなかった。
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