転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「結乃」
──コツン。
名前を呼ぶ声が降ってくるのと同時に、傍らのローテーブルの上へオレンジ色をしたマグカップが置かれた。
先ほどから何をするでもなくぼんやりとソファーに腰かけていた結乃は、ハッとして顔を上げる。
「あ、ありがとう。春人さん」
「いや。自分の淹れたついでだから」
テーブルと結乃の間を通って同じくソファーに腰を下ろした彼へ、慌てて背筋を伸ばし礼を伝える。
春人の手にも、結乃のものと色は違えど揃いのデザインのマグカップがあった。深い青色をした買ったばかりのそれは、すでに彼の手にしっくりと馴染んでいるように思う。
こともなげに答えながら隣でコーヒーをすする彼に倣い、結乃もカップを両手で持って口に運んだ。
「……いただきます」
砂糖はなしで、ミルクをたっぷり。春人はすでに結乃の好みを把握していて、ゆっくりと飲み下したひとくちは彼女の心を満たしてくれる。
ほう、とため息を漏らした結乃を横目で見る春人が、おもむろにカップを持つ手を下ろした。
「今日は……疲れただろ。それを飲んだら風呂に入って、ゆっくりあったまってくるといい」
相変わらず淡々としながらも気遣いを感じるその言葉に、結乃は思わず目をまたたく。
そして、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えますね」
大事に味わってミルクコーヒーを飲み干し、ソファーから立ち上がる。
春人にさりげなく「ごちそうさま」と声をかけることも忘れずに、結乃はマグカップをシンクに置いてからリビングを出た。