転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
 今日は少し遅めの退勤となってしまったため手早くできるメニューにしたが、チキンライスに薄焼きたまごをふんわり巻き付けたオーソドックスなオムライスも野菜がゴロゴロ入った具だくさんシチューも、結乃にとっては作り慣れた自信作だ。


「美味い。好みの味だ」


 スプーンでオムライスの大きなひとすくいを頬張った春人が、ゆっくりと咀嚼してからつぶやく。

 言葉数は多くないが、春人は結乃の作った料理の感想をその都度伝えてくれる。それが本当にうれしい結乃は、また頬を緩めた。


「そう言ってもらえて、ホッとしました。ケチャップの量、多くなかったですか?」
「いや、ちょうどいい」


 答える春人は、すでに次のひと口を押し込んでいた。

 一見細身のわりに春人は食欲が旺盛で、驚くほどたくさん食べる。

 その気持ちのいい食べっぷりに思わずニコニコしながら、結乃も自分の皿のオムライスにスプーンを入れた。

 ……新婚らしく、玉子にかけるケチャップをハートマークにすべきかしばし悩んだことは、胸の奥にしまっておく。


「よかった。シチューはまだたくさんあるので、どうぞおかわりしてくださいね」
「ああ」


 相変わらず、結乃は春人に対して敬語のままだ。そして一緒に暮らし始めた“あの日”以降、それについて春人が言及することはなかった。

 表面上は和やかに食事を続けながら、結乃の脳内で昼間の土屋との会話が思い出される。


『産休や育休を取得したいときが来たら、遠慮なく言うのよ?』


 ……“あの日”、以降。春人が、結乃に触れることは一度もない。

 身体を繋げるどころか、キスだって、あの晩にしたきり。『心の準備ができるまでは待って欲しい』と言ったのは自分だけれど、まさかここまで徹底的に接触を避けられるとは思っていなくて、結乃はひそかに焦りを覚えていた。


(もしかして、面倒くさいと思われちゃった……? 別に私の身体なんて、興味ない?)


 結乃にしては珍しくネガティブなことを考えてしまい、とたんに口の中のオムライスが飲み込みづらく感じられる。
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