転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
 ちなみにその問答をしていたときにも、今目の前にいる女性店員はニコニコと控えめな笑みを浮かべながらふたりのやり取りを見守っていて、結乃は後になって恥ずかしい思いをしたのだ。


「どうぞ、お手にとってご確認くださいませ。何か気になる点があれば、遠慮なくおっしゃってください」
「あ、はい」


 半ばうっとりとしてしまっていた結乃が、店員の声で我に返る。

 そうして伸ばそうとした手の横から、別の大きな手がリングをさらっていった。


「結乃」


 名前を呼ぶ声と仕草で、手を出すよう促される。

 う、と気が引けつつもおずおずと差し出した左手をあっさり取られ、親指と人差し指でつまんだリングを彼によって恭しく薬指に通された。


「似合ってる」


 照明を受けて輝くそれを目の前に持ち上げたと同時に、甘さを含んだ声が降ってくる。

 声の持ち主はやわらかな笑みを浮かべ、リングではなく結乃自身を見つめていた。ますます顔を赤らめ、彼女は小さく「ありがとうございます」と応える。

 トレーには、自分のものよりも大きな銀色の輪が残されていた。
 それを結乃は仕返しとばかりに、春人の左手の薬指に通してやる。

 ちら、と視線を上げて反応をうかがってみると、目が合った彼は照れた様子もなく口角を上げ、満足げな表情をしていた。


「は……春人さんの方こそ、お似合いですよ」
「ありがとう」


 悔しい。自分ばかりが、ドキドキさせられている。

 そんな想いでつぶやいた言葉はどこか拗ねたような口調になって、けれども返す春人の声からはうれしそうな感情が伝わってきた。

 砂を吐くような甘ったるい光景を間近で見せつけられている女性店員はさぞやしょっぱい気持ちを抱えていると思いきや、やけにキラキラした眼差しで緩みっぱなしの口もとに両手を添えている。

 その後結乃は照れくささからあまり店員の顔を見ることができず、店をあとにするまでほとんどうつむいて過ごす羽目になったのだった。
< 77 / 195 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop