転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
『どこか行きたい場所や、やりたいことはあるか?』


 1週間前、春人にそう訊ねられた結乃は、すぐに思い当たってこう答えた。


『私、春人さんが通っていた剣道の道場に行ってみたいです』


 それは、ずっと考えていたことだった。
 前世では自分の父親が営んでいた剣術道場で腕を磨いていた彼は、今世ではどのような場所で学んでいるのか。
 一度でいいから、見てみたい。思いがけなく訪れた絶好の機会に、結乃は前のめりで申し出る。

 彼女の言葉を聞いた春人は不意を突かれた表情をしていたが、少し考えたあと『わかった。話を通しておこう』とうなずいてくれた。

 そうして叶った、今回の訪問。
 結乃はドキドキと胸を弾ませながら、この五月女武修館の門をくぐったのだ。


「お願いします」
「お願いします!」


 道場に入る際の作法は、ここに来るまでの車内で春人から聞いていた。深い立礼とともに先ほどの挨拶をし、踏み出すのは左足から。
 退場する際も「ありがとうございます」の言葉とともに立礼するのは変わりないが、出す足は逆で右足からとなる。


(ここが、春人さんの……)


 道場内に足を踏み入れると、結乃の鼓動はいっそう高鳴る。

 五月女武修館は古いけれど手入れの行き届いた、歴史を感じる道場だった。天井は低く、むき出しの木の梁はそっけなくもあたたかみがある。その静謐で厳かな雰囲気に、結乃は懐かしさすら覚えた。

 ──この場所が、今の春人を育んだ。
 そう思うと、とたんに愛おしいものに思えるから不思議だ。
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