ハッピーエンダー

「ハア……ハア……うっ……」

うわ……と心の中で声が出た。大きな男の人が、座り込んで顔を伏せ、肩で息をしている。頭は明るい茶色、癖のある長めの髪で、黒いTシャツにジーンズ姿。髪から覗く耳にはシルバーのピアスが三つ付いている。ひと目でわかる、危ない人だ。

おそらく酔っているのだろう。お酒の匂いがする。

「……あ、あの。大丈夫ですか」

ひと言だけ声をかけ、返事がなかったら警察を呼ぼう。そう思った。おそらくここには気弱な男の人しか住んでいないから、誰もこの人を助けないのだろう。声をかけるには怖すぎる。

ハアハアという息はそのまま、彼の頭が微かに動き、長い前髪の隙間からジロリと鋭い目をこちらへ向けてきた。ギクッと背筋が伸びる。すごく綺麗な目だ。

「……ハハ、悪い、放っといて」

大人びた声を聞いて思い出した。この人、知ってる。同じ大学の先輩だ。名前はたしか『水樹さん』。
もちろん話したことはないけど、人気者で目立つから、私でも見覚えがある。
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