メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「お邪魔します・・・。」

廊下にはいくつかのドアがある。そのドアも玄関と同じ木製のアーチ状で壁は白かった。

「このマンションこういう雰囲気だから住んでるのはほとんど女みたいだし、いい歳した男が一人でこんなとこ住んでるなんて・・・って思ってるだろ。」

靴を脱いでいる私に暖人さんは自虐的な口調で言った。

「ううん。すごく素敵。私の家も似た雰囲気なんだけど、ここの方が年月を重ねてて・・・私、こういうところに住んでみたかったの。」

うっとり浸りながら言うと彼は急に鋭い声になった。

「・・・じゃあ、一緒に住むか?」

「え?」

「・・・ていうか、今更だけど、知らない人についていっちゃダメって教わらなかったのか?」

「知らない人じゃないよ。前に電車で会ったし、時計職人の暖人さんだってわかってるから。それに私もう子供じゃないし。」

「ふーん、子供じゃないんだ。」

「そうだよ。ちゃんと大人の女性・・・!?!?」

気がついたら私は壁に追い込まれていた。暖人さんが持っていた荷物がドサッと床に落ちて、彼が動くとチャリ、と金属音がした。私の顔の両側には彼の手がある。木や金属、接着剤のようなものの匂いが混ざったような香りがする。そして顔が近い。

「え、何・・・?」

「何?じゃない。子供じゃないならこういうことするかもよ?」

色づいたような声でささやかれてドキン、とする。頬に彼の吐息がかかる。今にも唇が触れてしまいそうだ。

「一人暮らしの男の家にのこのこついて来やがって・・・何されても文句言えねえぞ・・・?」

切れ長の目は攻撃的なのに澄んでいて繊細な光を放っていた。透明のキャンディみたいに綺麗だ。その瞳に自分の姿が映っているのが確認出来るくらいに近い。
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