メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
エレベーターで1階まで降りると、反対側の壁に小さなドアがあることに気がついた。暖人がドアを開けると、パンのいい香りが漂ってきた。

年月を重ねた様子の深い色のアンティークな家具、たくさんのドライフラワー、そして棚には様々な種類のパンが並んでいた。

「・・・すごい。」

私が見とれていると暖人が木製のトングとトレーを持って来た。

「好きなやつ乗せろ。」

「迷うな・・・あっ、オレンジピールが入ったパン。うち、家族全員好きでよく作るの。」

「お前の家は本当、ほのぼの一家だな。」

そう言う彼の横顔を見上げる。鼻や顎のラインがシャープで魅力的だ。

『お前って・・・本当に、そんな顔して、結構・・・。』その後になんて言おうとしたのかはわからず気になっていた。顔を近づけてきたのもその後焦っていたのもどうしてなのかわからない。でも自分に対して彼が何らかの感情を持って反応してくれている、その事実だけでなんだか嬉しかった。

「おい、ボーッとして、まだ寝てんのかよ。それなら俺が選ぶけど。」

耳に息を吹きかけられてびっくりして我に返る。

「選ぶ選ぶ。あっ、このパンもうちでよく作るやつだ。」

「へえ、これはここのオリジナルで創業当時からあるみたいだけどな。すごい偶然だな。」

これが偶然ではないことをこの時の私達は知る(よし)もなかった。
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