バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました

   ◇

 資料を回収するのにオフィス棟とベリヒルモールを二往復しなければならなかった。

 五月というのに午後の日差しはまぶしくて、荷物を運び終えたころにはすっかり汗だくになっていた。

 田中さんと矢島さんはパーティーの手伝いには出ないらしい。

「あたしら、今日、ライブのチケット取っててさ」

 プライベートが最優先なのはうちの会社では当たり前だ。

 業務だからと無理強いされることはないし、断ったからといって査定に響くこともない。

 予定のない人間が参加すればよいだけだ。

 総務部に設置されたセルフカフェでアイスコーヒーを飲んでいたら、社用のスマホに連絡が入った。

 通知画面を見て思わず息をのむ。

 社長から!?

 うちの会社で配布される業務用スマホには社員全員の連絡先が登録されている。

 自分の課だけでなく、他の部署の人はもちろん、山中先輩が佐々木課長に連絡を入れたように、直属の上司以外にも直接連絡を取ることが認められている。

 とは言っても、社長からヒラの社員に直接メールが来るなんてことはさすがにありえないことだ。

『着替えを持ってVIPラウンジに来るように』

 文面だけを見ているとセクハラメールみたいだ。

 でも、もちろん、エレベーターで話した用件だろう。

 パーティーに出席するために身だしなみを整えろという単なる『業務命令』だ。

 鏡を見ると、汗をかいたせいで髪も乱れていて、たしかにこのままではセレブな人たちの前には出られない。

 ただ、総務部に戻って、ロッカーにしまってあったスーツを取り出したところで、困ったことに気がついた。

 VIPラウンジは、はるか上の五十六階にある。

 高層階行きのエレベーターには専用カードキーが必要で、外部の人間や下層階の一般社員はそもそも呼び出すことができない。

 文字通り、世界が違うのだ。

< 11 / 87 >

この作品をシェア

pagetop