バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 エレベーターの扉が開く。

 振動一つなく動いていたから、到着していたことにすら気がつかなかった。

 エレベーターの外には廊下はなく、すぐにラウンジの受付カウンターになっていた。

「いらっしゃいませ」と女性係員の深いお辞儀に迎えられる。

 すみません。

 私、本当はこんなところに来る人間じゃないんですけど。

 受付カウンター前のスペースは茶色い壁に囲まれていて、看板もなければ、ラウンジ入り口も見当たらない。

 平木さんは慣れているのか、カードキーをカウンターのセンサーにかざす。

 ホローンと穏やかな音が鳴って壁が動き出す。

 壁かと思ったところが扉になっているのだった。

「こちらは新羅社長のゲストです」と私を紹介してくださって、一緒に中に入る。

 ラウンジは一転して外からの明るい光の差し込む開放的な空間になっていた。

 ソファを並べて大人数で歓談できるようにしたスペースもあれば、一人でくつろげるように観葉植物でさりげなく仕切られた区画もある。

 商談中なのかスーツ姿のグループもいれば、カジュアルな格好で読書を楽しんでいる人もいる。

 窓際の方にはお酒のボトルが並んだバーカウンターがあって、昼間からバーテンダーさんがカクテルを作って出している。

 夜になればここから眺める夜景はどれほどすばらしいのだろうか。

 会社の仮眠室から眺める風景もきれいなのに、それともまた全然違うんだろうな。

 うちの社長はガラスで囲われたブースの中にいて、スマホで会話中だった。

 平木さんが近くに寄ると、右手を挙げて合図をしながら、会話を終えて出てきた。

「やあ、平木さん。お忙しいところありがとうございます」

「とんでもない。社長の髪を他の人には絶対に触らせたくありませんから」

 挨拶が済んだところで社長が紹介してくださった。

「こちらは平木さんだ。ベリヒルモールにあるラ・ヴィクスのオーナーだ」

 お店の名前は聞いたことがある。

 山中先輩が予約半年待ちだって言ってたサロンだ。

「よ、よろしくお願いします」

 変なおじさんだと思ってたのに、そんな有名店のカリスマ美容師だと分かった途端、緊張してしまった。

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