バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 そんな私を見て社長が微笑む。

「髪を整えてもらう前に、先にシャワーを浴びてくるといい」

「はい」

 平木さんが人差し指を立てた。

「シャンプーとトリートメントは済ませてください。でも、ドライヤーはかけないでくださいね。軽くタオルドライだけで」

「わかりました」

 社長がさっそくラウンジの係員を呼んで手配してくださった。

「どうぞこちらへ」と係の人に案内された通路の先には洗面所があり、その奥がシャワー室になっていた。

 クッションみたいに膨らんだバスタオルと、好みに合わせた何種類かの有名ブランドのバス用品が用意されている。

 ふだん仕事をしているビルで裸になってシャワーを浴びることになるとは思っても見なかった。

 社長にとっては、こんなことは当たり前なんだろうか。

 一般庶民にはよく分からない世界だ。

 汗を流してさっぱりするはずなのに、なんだか落ち着かない。

 なるべく手短に済ませてスーツに着替える。

 忘れ物がないか確認して出ようとしたとき、ふと、思いついた。

 そうだ、さっきもらった香水をつけておこうかな。

 軽く一吹き。

 甘く爽やかな香りが広がる。

 なんだかとても落ち着く香りだ。

 シャワー室を出ると、すぐ隣のメイクルームで社長が平木さんに髪を整えてもらっていた。

 とは言っても、ほんの微調整程度にしかいじってないようだ。

 セレブだから、毎日一ミリずつカットしてもらってるんだろうか。

 鏡の中の平木さんと目が合う。

「ああ、シャワー終わりましたか。では、こちらへどうぞ」

 社長の隣に座らせられる。

 鏡の中の社長はなぜか含み笑いを浮かべている。

 なんだろう。

 私、何かおかしいんだろうか。

 平木さんがカバーを取り払うと、社長が立ち上がった。

「ありがとう。じゃあ、うちの社員もよろしく頼みます」

「はい、おまかせください」

 軽く櫛で整えてから、心地よいリズムで平木さんがハサミを入れていく。

 手際の良さがまるで子守歌のメロディのように私を眠りの底へと誘いこむ。

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