バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 ……。

 いつの間にか本当に眠っていたらしい。

「はい、終わりましたよ」と、頭をまっすぐに戻されて目が覚めた。

 誰?

 鏡の中にいるのが一瞬誰だか分からなかった。

 全体的にふんわりとしたアレンジで、髪色は変わっていないのに、自由に流れる毛先が明るい雰囲気を醸し出していた。

 まるで見たことのない自分がそこにいる。

 気のせいか、表情も明るく見える。

 どうしてそんなに楽しそうなの、私。

 まるで魔法にかけられたみたいで、私は声が出なかった。

「いかがですか?」

 鏡の中で平木さんが少し困惑した表情をしている。

「は、はい……」と、なんとか笑顔を向ける。「自分じゃないみたいでびっくりしてます」

「喜んでもらえて何よりですよ」

 ラウンジに戻った私を見て社長の目が見開いたのが分かった。

「なかなかいいじゃないか」

「ありがとうございます」

「今、ゲストがここに向かってるところだ。パーティーが始まるまで、ここでくつろいでもらうことになっている。君も応対を頼む」

「はい」

 社長の手の中でスマホが光る。

『広報部:山中亜莉沙』と表示されている。

 社長が軽くタップしてそのまま通話する。

「社長、ドナリエロご夫妻と大里選手が下でお待ちです」

「マスコミはどうだ?」

「大丈夫です。別ルートからご案内しましたので」

「分かった。エレベーターでお連れしてくれ」

「かしこまりました」

 社長がすぐにラウンジ・エントランスに向かって歩き出す。

 私もついていった。

 受付扉が開いて、エレベーター前に立つと、社長はネクタイの結び目に手をかけた。

 クイと上がった顎のラインに、私はつい見とれてしまった。

「どうした? 何かおかしいか?」と、社長がエレベーターの扉を見つめたままつぶやいた。

「い、いえ」

「大事なお客さんに失礼があるといけないから、顔に何かついてるなら言ってくれ」

「い、いえ、何も。素敵です」

 他に言い方が思いつかなくて思わず言ってしまった。

 瞬間的に顔が熱くなる。

 せっかくシャワーを浴びたばかりなのにまた汗が出てきてしまった。

 社長の横顔が一瞬ほころんだように見えた。

「不思議なものだな」

 軽く咳払いをしながら、社長が私に顔を寄せてささやいた。

「君に言われるとなんだか照れるよ」

 は!?

 いや、あの、その、ただのはずみというか……あの、その。

 何か言わなくちゃと思えば思うほどまた汗が噴き出てきてしまって、それどころではなかった。

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