バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました

   ◇

 ラウンジの奥の方にある個室スペースにゲストを招き入れて、各々がソファに座ったところで、係員からシャンパンを預かってきた山中先輩がテーブルの上にグラスを並べた。

「大里さんはシャンパンでよろしいですか?」

 社長が念のためたずねると、大里選手が大げさに手を広げた。

「はい、引退したので、今日からはなんでも飲みますよ」

「お疲れさまでした」と、美咲さんが微笑みかける。「五年前と体型が全然変わってませんよね」

「いやまあ、最近は維持するだけでもかなりきつかったですけどね」

 アスリートがコンディションを維持するのは相当大変なことなのだろう。

 大里選手は五年前にミケーレさんがオーナーになっているイタリア一部リーグのチームに所属していたことがあったのだそうだ。

 ヨーロッパで活躍する選手もすごいし、そのスーパースターが在籍していたプロサッカーチームを所有する富豪というのも、どちらも私には想像がつかない別世界の人たちだ。

「では、乾杯!」

 社長がグラスを軽く掲げて、みながシャンパンを口にする。

「お二人もどうですか」とミケーレさんが私たちの方を向いた。

「いえ、私どもは」と、山中先輩が丁重にお断りする。

 すると、美咲さんが先輩に向かって気さくに声をかけた。

「亜莉沙、遠慮しなくていいじゃない」

 居合わせたみながお互いに顔を見合わせる。

 社長が美咲さんにたずねた。

「お二人は知り合いですか」

 美咲さんがうなずく。

「ええ、私が昔働いていた会社の同期だったんです」

 山中先輩も気まずそうにうなずいている。

 前の会社の同僚ということは、美咲さんはもしかしたら私の先輩だったかもしれないわけか。

 ちょうど私の新卒入社と入れ替わりといった時期だったようだ。

 ずいぶんと意外なつながりがあるものだ。

「亜莉沙は同期の中でもずば抜けて優秀で、私もよく助けてもらってたんですよ」

 ほめられているのに、先輩の目が泳いでいる。

 こんな先輩を見るのは初めてだ。

 それにしても、美咲さんはふつうの会社員だったわけで、そんな人がイタリア人の富豪と結婚って、なんだか小説の世界みたいだ。

 どこでどうやって知り合ったんだろう。

 興味はあるけど、今ここで私が口をはさむわけにはいかない。

 無関心なふりを装って私は黒子に徹していた。

< 18 / 87 >

この作品をシェア

pagetop