バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 ミケーレさんのスマホが鳴る。

「あ、失礼。母からです」

 立ち上がってスマホを耳に当てたとたん、早口のイタリア語に変わってミケーレさんが窓辺の方へ歩み寄る。

 大富豪の背中を横目で見送りながら大里選手が美咲さんに小声で話しかけた。

「今日、サクラちゃんは?」

「大人の集まりですし、夜になるのでシッターさんに預けてきました」

 大里選手が目尻にしわを寄せて微笑む。

「幸せそうだね」

「はい、おかげさまで」

 二人の間には何か親密な空気が漂っていた。

「俺の占いは当たるだろ」

 大里選手の冗談めかした問いかけに美咲さんが首をかしげながら微笑む。

「相変わらず嘘は下手なんですか」

「だからマスコミにも引退がバレたのかな」

 なんだか意味ありげな大人の会話だ。

 盗み聞きするつもりはないけど、聞こえてしまうものは仕方がない。

 ミケーレさんが戻ってきた。

「母が到着したんですが、美術館の方へ行ってしまったようで。のんきに絵を見てるそうです」

 イタリア人らしい大げさな身振りで額に手を当てている。

「ああ、そうでしたか」と社長が立ち上がる。「まだ時間的には早いですが、我々も移動しましょうか」

 みなが個室を出たところで、そっと山中先輩が教えてくれた。

「今回の美術展の作品はドナリエロ家に伝わるルネサンス絵画を提供してくださったのよ。南イタリアの貴族の家系なんだって」

「そうなんですか」

「四年前にも日本で美術展をやっててね。お母様は相当な日本びいきらしいよ」

 美術展を開けるほどの絵画が飾られているお屋敷なんて、私には想像もつかない世界だ。

 絵画だけでも何百億円もするんじゃないだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えているうちにエレベーターが到着していた。

 先輩が先にエレベーターに乗り込んでみなを招き入れる。

 ああ、またやらせてしまった。

 私はうつむきながら入り口の反対側に立っているしかなかった。

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