バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
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招待客が次々に姿を見せ始めた。
私は山中先輩と一緒に受付で広報資料を配付していた。
美術館前を通りがかったベリヒルモールの一般客は、掲示された予告ポスターや、先輩とアマンダさんのルネサンス風衣装を興味深そうに眺めていく。
「あら、今日は入れないの?」と、声をかけられる。
「申し訳ありません。本日はマスコミ向けのプレオープンでして」
「あらそうなの、パンフレットだけいただいていこうかしら」
「ありがとうございます。ぜひお越しください」
フロアに突然歓声が広がった。
若い人たちではなく、中高年のおばさん達の声だ。
七階フロアは美術館エリアの他には、騒がしさとは無縁な本屋と輸入雑貨屋しかないから、場違いな声のする方へみなが一斉に振り向いた。
警備員に囲まれながら近づいてくる和服の女性がいる。
テレビで見たことがある人だ。
池内佐和子。
新羅ホールディングスを率いる新羅孝一郎氏の妻で、うちの社長のお母様だ。
昭和の時代に『国民の花嫁』と称され、国内外数々の映画賞を受賞し、大河の主役も二度務めた正真正銘の大女優だ、とうちのおじいちゃんが言っていた。
フロアの雰囲気が一気に華やかになったのも優雅な黄浅緑の色留袖のせいだけではないだろう。
スマホのカメラを向けたり、握手を求める人たちに会釈しながらこちらへ向かってくる。
山中先輩が私に耳打ちする。
「七海、奥様のアテンドして」
「私ですか!?」
「しかたないでしょ。私が担当だったんだけど、この格好じゃ無理じゃない」
ルネサンス姫に言われてしまっては、たしかにどうにもならない。
先輩と二人で頭を下げて迎え入れる。
「社員の星崎七海と申します。本日は奥様のアテンドを務めさせていただきます」
「まあ、ありがとう。七海さんね。よろしくお願いしますね」
奥様は気さくに声をかけてくださった。
「はい、なんなりとお申しつけください」
「あら、あなた」と奥様が微笑む。「声が震えてるわよ。緊張なさっているのかしら?」
慣れたつもりだったのに、そう言われてしまうとかえって意識してしまう。
「う、うちの祖父が大ファンなんです」
声どころか、膝までガクガクだ。
「あら、そうなの、うれしいわ。大河もご覧くださってるかしら。おじいさまによろしくお伝えくださいね」
「あ、おととし亡くなりました」
「あら、そう……それは……」
微妙な空気が流れてしまった。