バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 山中先輩があわてて奥様を中に招き入れる。

「奥様、どうぞこちらへ」

「徹也はどうしているのかしら」

「ただいま大臣の出迎えに行ってまして」

 と、そこへ奥からエマヌエラさんが姿を見せた。

「あら、サワコ、お久しぶりね」

「エマヌエラさん、このたびはすばらしいコレクションを提供してくださってありがとうございました」

 セレブな奥様同士で話がはずんでいるところに、テレビカメラとレポーターが割り込んできた。

「池内さん、何か一言コメントをお願いします」

「あら、一言でいいの?」と奥様が微笑みながら応じる。

 入口近くで予定外のインタビューが始まってしまったので、招待客が中に入れなくなってしまい、一般客まで紛れ込みそうになってちょっとした混乱が起きた。

「七海、こういうの気をつけてね。終わったらすぐに奥様を奥の方へお連れしてよ」

 先輩に怒られてしまった。

「はい、すみません」

 単に人数が多いだけでなく、招待客にマスコミ関係者、ケータリングスタッフや美術館所属の学芸員と警備員などいろいろな人がいて、誰を近づけていいのかだめなのか、私にはさっぱり分からなかった。

 いつのまにか頭がぼんやりとしてしまっていた。

 あれ、私、今、立ったまま寝てなかった?

「あら、あなたいい香りがするわね」

 気がつくと、インタビューを終えた佐和子奥様が私に顔を寄せていた。

 私はびっくりして背筋を伸ばして答えた。

「はい、社長からいただいた香水です」

「あら、そうなの。いい趣味ね」

 柔らかな物言いに顔を向けると、そこにあるのは私をにらみつけるような、ぞっとする目だった。

 あまりの眼光に、周囲から自分だけ切り取られたような感覚にとらわれて私は身動きができなくなっていた。

「七海、何やってるのよ」

 先輩の声で我に返ると、奥様はもう一人で会場の奥へと進んでしまっていた。

 凛としたたたずまいの背中を見失わないように、私はあわてて追いかけた。

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