バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「あの、しゃ、社長」

「ん、なんだ?」

 なんとか話をつなげなくちゃと焦ったのがいけなかった。

「えっと、あの、メロンごちそうさまでした」

 じゃなくて!

「メロン? なんのことだ?」

 スマホの向こうで朗らかな声が聞こえた。

 笑われると、なぜかほっとする。

「本当にご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「だから心配なんかしていないぞ。少しだけだ」

 お医者さんの話と違う強がりな態度で、今度は私の方が笑ってしまった。

「なんだ。何がおかしい」

「いえ、なんでもありません。失礼しました」

 社長が私の言葉にかぶせるように話を変えた。

「それより、今どこにいる?」

「オフィス棟わきの公園です」

「そうか。少し会って話したいんだが、時間はあるかな?」

 ちょうどロッカーに着替えを取りに行こうと思っていたところだし、入院費用のお礼も直接言いたかった。

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、ラウンジに来てくれ」

「ラウンジって、五十六階ですか」

「そうだ」

 と簡単に言われても、セレブフロアにアクセスできるような身分じゃないのに。

「どうやって行けばいいですか」

「社員証にカードキーを入れておいたから、それを使えばいい」

 鞄の中に入っている社員証のケースを取り出すと、裏側にチタン製のメタルカードがはさまっていた。

 私が一枚だけ持っている安っぽいクレジットカードとはまったく別物だ。

「分かりました。今から伺います」

「ああ、待ってる」

 電話が切れた。

 スマホを鞄にしまうと、ついため息が漏れてしまった。

 電話で話しただけで疲れてしまった。

 でも、それは社長と社員という身分の差から来る緊張のせいではなかった。

 なんとか相手の気持ちをくみ取りたいという一心で、駆け引きのような会話になってしまったからだった。

 でも、今から直接会って話せる。

 そうすればさっきのちょっとしたモヤモヤは解消できるかもしれない。

『ああ、待ってる』

 耳に残った社長の声を思い出すと、なんだかくすぐったい。

 急がなきゃ。

 青空を反射してまぶしく輝くオフィス棟に向かって私は駆けだしていた。

< 44 / 87 >

この作品をシェア

pagetop