バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました

   ◇

 五十六階まではあっという間だった。

 チタン製のカードキーをかざすだけでエレベーターがやってきて、私をセレブフロアまで一直線に連れて行ってくれた。

 ドアが開く直前に、私は社長からいただいた香水を軽く一吹きして呼吸を整えた。

 私を別世界へいざなってくれる小さなカードを受付でかざす。

 緑のランプがついて壁のようなドアが音もなくスライドした。

 社長はどこにいるんだろうか。

 私は係員に尋ねてみた。

「ハピネスブライトの新羅社長に呼ばれています」

「こちらへどうぞ」

 恭しく案内されるけど、本当は私もそれにふさわしいご身分じゃないんですけどね。

 通されたのは眼下に都会の風景が広がる窓際の一角だった。

 青空の向こうに富士山が見える。

 社長は窓辺に立って目を細めながらその風景を眺めていた。

 休日らしいカジュアルな服装だけど、私の知っている庶民的ブランドとはまったく違うことが一目で分かる。

 シャツにチノパンというシンプルなスタイルなのに、生地の風合いやボタンの材質、それに全体のシルエットのバランスに隙がない。

「来たか。どうだ、いい眺めだろう」

「はい、いいお天気ですね」

 昨日ここに来たときは仕事だったから景色を楽しむ余裕なんかなかった。

 あらためて見ると、会社の低層フロアから眺めていた景色とはやはり壮大さが桁違いだった。

「体調はどうだ?」

「はい、おかげさまでなんともありません」

「無理はしていないか」

「いいえ、本当に大丈夫です」

「それは良かった。まあ、楽にしてくれ」

 社長と直角の位置に座る。

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