バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「あの、入院費用を負担してくださったそうで、ありがとうございました」

「業務中だからね、当然だ」

「でも、あんなすごい病院じゃなくても良かったんじゃありませんか」

「すごい病院? そうかな。一番近いんだから、あそこが一番適切だろう」

 まあ、それもそうか。

「外科の先生がご親戚だそうですね」

「ああ、佐山先生ね。うちの母方の叔父でね。とても腕がいいんだ」

 私は病院で聞いた話を持ち出した。

「社長は健康には人一倍気を使っていらっしゃるそうですね」

「まあ、俺が倒れたら会社が成り立たなくて従業員に迷惑がかかるからな」

 社長が自分のことを『俺』と言ったとき、ちょっと照れくさそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。

 今まで知らなかったちょっと違う一面を見たような気がして、なんだかうれしかった。

 それに、さっきの電話で感じていたような違和感が全くない。

 やっぱり直接会って話しておいて良かった。

 むしろなんだか話に引き込まれていくような気分になっている自分を意識してしまって、また顔が熱くなってしまう。

 私は何度か深く息を吸って心を落ち着かせようとしていた。

 社長はそんな私の心の内に気がついてはいないらしく、話を続けている。

「べつに健康オタクっていうわけではないよ。疲れたら休むとか、当たり前のことに気をつけているだけだよ。ハピネスブライトの事業内容が健康や長寿といったことを目的としているのは事実だけど、会社設立当時は、怪しい宗教とか、変な品物を売りつける商売と間違われたりすることもあったからね」

「そうだったんですか」

「健康というのは、あくまでも基礎だと思うんだ。健康それ自体を目標としているのではなくて、むしろ、その先にある幸せを実現させることが大事なんじゃないかと思ってるよ」

「社長にとっての幸せって何ですか」

「ありのままの自分でいることかな。人それぞれやりたい事や好みって違うだろ。全員一致で納得するわけじゃなくて、本人が一番いいと思うこと、ありのままの自分を堂々と受け入れられることが幸せなんじゃないかな」

 社長は手を頭の後ろに回してソファに体を預けながらため息をついた。

「でも、難しいよ。俺はまだそんな自分を見たことがないからね」

「私もそうですね。まわりに合わせなくちゃとか、すごい先輩を見習って頑張らなくちゃとか、自分じゃない別の何かになることばかり考えているような気がします」

 窓の外の風景に目をそらしながら社長がつぶやく。

「息苦しくないか?」

 社会人になってからまだ数年しかたっていないけど、気づかないうちに、息が詰まっていたのかもしれない。

 でも、それは社長だって同じなんじゃないだろうか。

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