バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「社長のお仕事の方がもっとプレッシャーじゃありませんか?」

「そうかな」

「常に結果を求められる毎日かと思うんですけど」

 社長が紅茶を一口含んで目を細めた。

「俺はむしろ、それがモチベーションになっている」

 能力がある人にとっては、壁が高いほど挑みがいがあるものなのかもしれない。

 私なんかだったら、あきらめるか、引っ張り上げてくれる誰かに頼っちゃうんだろうな。

「モチベーションか」と社長が言葉を区切った。「違うな」

 静寂なラウンジに沈黙が流れる。

 窓の外の風景は青空に薄く引かれた白い雲だけで、動くものは何もない。

 時が止まったかのようだ。

 自分に言い聞かせるように社長が言葉を切りだした。

「そんなプラスのものじゃない。マイナスの感情だろうな。自分の生まれとか、まわりの嫉妬ややっかみに対する反発心。それに、後悔……か」

 それは思いがけない言葉の連続だった。

 社長の口からそういった負の感情につながる言葉が次々と出てくるなんて想像もできなかった。

 財閥の御曹司で何不自由ない境遇だとばかり思っていたけど、そういった人ならではの悩みがあるのだろうか。

 台車を押した係員がやってきた。

「失礼いたします。デザートをお持ちいたしました」

 トレイの上にはホールケーキがいくつもならんでいる。

 ラズベリーソースで包まれたムースにイチゴやブルーベリーを山ほどのせたものや、厚切りのマンゴーがならんだタルト、びわのコンポートを使ったケーキ、色とりどりのマカロンを積み上げたトレイもある。

 白っぽい果物を使ったケーキは何だろうか。

「これは何ですか?」

「ライチとマンゴスチンのケーキです。キルシュの香りをベースに、爽やかな味わいをお楽しみいただけます」

「キルシュ?」

「サクランボのリキュールです」

 はあ。

 どれもみな見た目も華やかで目移りしてしまう。

 私が迷っていると、社長が先にマカロンを一つもらって、ついでにカプチーノを二人分オーダーした。

「気になるのを好きなだけ頼むといいさ」

「そんなに食べられないですよ」

 つい、友達とデザートバイキングに来たつもりでしゃべってしまった。

「す、すみません」

 社長はとくに気にするようでもなく、マカロンを味わっている。

 マカロンか……。

 それもおいしそうですね。

 食いしん坊だな、私。

 どうしよう。

 決められない。

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