バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 社長が微笑みながら私を見つめている。

「どうしたんですか?」

「素直な反応だなと思ってね」

 素直?

 私が首をかしげていると、社長がささやいた。

「とてもいいよ」

 は、はい……。

 な、何……、どういうこと?

 急に緊張がこみ上げてきて手が震えそうになるのをおさえながら、私は一番手前にあったライチのケーキのお皿を引き寄せた。

「い、いただきます」

「召し上がれ」

 フォークで一口サイズとって、お皿のベリーソースを軽くつける。

 せっかくの絵が崩れてしまうけど、しょうがないか。

 そんなことを考えながら口に入れると、思わず口を閉じたまま動けなくなってしまった。

 リボンをほどくかのようにリキュールの香りが広がり、その後からやってくるライチの澄んだ甘さがいたずらっぽく舌をくすぐる。

 一つ一つの素材の味がしっかりしているのに、ものすごく繊細な味わいだ。

「すごくおいしいです」

「それは良かった」

「あの、社長もいかがですか?」

「じゃあ、遠慮なく」

 社長が反対側の角の部分を小さく削って口に含む。

 特に表情は変わらない。

 何か感想を言うかと思ってじっと口元を見つめていたら、社長にも私の目を見つめ返されていた。

「ん、どうした?」

「あ、いえ……」

「うまいな」

 あっさりとした感想すぎてちょっとガッカリしてしまった。

 セレブだから、こんなデザートは食べ飽きているんだろうか。

 なんだか悔しくて、私は遠慮なんかしないことにした。

 大きめに削ってどんどん口に入れていく。

 一つ目をぺろりと平らげて、次のお皿に手をつける。

 そんな私の様子を楽しそうに社長が眺めている。

「おいしそうに食べるもんだな」

 いいじゃないですか、おいしいんだもん。

 私はいったん手を休めて、カプチーノに口をつけた。

 きめ細やかなミルクの泡立ちがエスプレッソの苦みをまろやかに包んで、デザートに合う。

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