バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 次はマンゴータルトにいってみよう。

 どのケーキも甘さと素材の味のバランスが絶妙で、もう手が止まらない。

 だんだん調子に乗りすぎて、社長がいることすら忘れかけてしまっていた。

「喜んでもらえてなによりだよ」

 その一言で我に返る。

「すごくおいしくて、止まらなくなっちゃって」

 あ、また、言葉遣いを間違えてしまった。

 友達じゃないんだから。

 社長は気にするふうでもなく、楽しそうにうなずいている。

「楽しそうに食べる人は、見ている方も楽しいものだな」

 満漢全席のデザートだったのに、なんだかんだ食べ終えてしまった。

 デザートはいつでも別腹。

 女子力をフルに発揮してしまった。

 社長、引いてないかな?

「とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」

「おいしいものをおいしいといって食べる。そんな当たり前のことができる君がうらやましいよ」

 褒め言葉、なのかな?

 と、思うことにしよう。

 テーブルの上に置かれた社長のスマホが震える。

 社用の物ではなく、プライベートの物らしい。

 通知画面に『母』と表示されたのがつい目に入ってしまった。

「すまない」と、社長が立ち上がって窓辺に歩み寄る。

 私は関心のないふりを装ってカプチーノの苦みを味わっていた。

「ああ、母さん。……分かってる。今から行くところだよ。……ああ、ちょっとね。いや、たいした用事じゃないから」

 手短な通話を終えて戻ってきた社長がソファに腰掛けて、残っていたカプチーノを飲み干す。

「すまないが、これから人と会う約束があってね」

「あ、そうですか。じゃあ、私はこれで失礼します」

 夢のような時間もこれで終わりだ。

 立ち上がりながら社長が思いがけないことを言った。

「久しぶりにいろいろ気軽に話ができて楽しかったよ」

 べつに深い意味はないんだろうけど、ていうか、深い意味に受け取っちゃいけないんだろうけど、そんなふうに言われるとなんだか恥ずかしいし、照れくさい。

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